「平塚八兵衛 」の生き方の是非を問う。

渡辺謙の「平塚八兵衛」。人間を演じたら「さすが」。考える人間の生き方。

平塚 八兵衛(ひらつか はちべえ、1913年大正2年)9月22日 - 1979年昭和54年)10月30日)は、警視庁に在籍した刑事警察官茨城県新治郡土浦町(現:土浦市)出身。警察功労章警察功績章受章。退職時の階級警視20世紀を代表する多くの事件に携わり、「昭和の名刑事」の異名を持つ。

人物 

旧制常総学院中学校卒。卒業後は土浦で農業に従事していたが、ある事件で誤認逮捕され、土浦警察署での取調中に殴る蹴るの暴行を加えられた。平塚はこの暴行の経験に発憤し、警察官になろうと決意して上京、警視庁に入庁する。

 平塚は貧しい家庭ながらも家族を大切にする子供で、農作業も進んで行っていた。特に母や姉妹を大事にする子だったらしく、姉が嫁に行く時には「いやだいやだ 僕も一緒に行く」と大泣きしたり、体が弱い妹をいつも気遣って、あちこちを回り農作業を手伝ったお礼のお菓子や食べ物を全て食べずに必ず床に伏せっている妹のために持ち帰った。妹が風邪をこじらせ亡くなった時には、肩を落として火葬されるまでずっと冷たくなった妹と添い寝し、「妹が心配して成仏出来ないだろう」と火葬まで泣かなかったが、焼かれた妹を見ると骨を拾う事すら出来ないほど大泣きしていたという。

1939年昭和14年)、平塚は鳥居坂警察署(現・麻布警察署)に配置される。当初は外勤(交番勤務)であったが、検挙率が同庁でトップになり、間もなく「花の捜査一課」へ異動する。以後、1943年昭和18年)から1975年(同50年)3月の退職まで刑事部捜査一課一筋であった。

平塚は「落としの八兵衛」「喧嘩八兵衛」「鬼の八兵衛」「捜査の神様」など数々の異名で知られる敏腕の刑事であった。なお、平塚が在任中に手がけた事件は殺人だけでも124件に上り、後述するような戦後の大事件の捜査でも第一線に立ち続けた。その中でも特に平塚の名を高めたものとしては、犯人に身代金を奪取された後に犯人の声をメディアに大々的に報道されて国民的関心事となる中で迷宮入り寸前になり戦後最大の誘拐事件と言われた吉展ちゃん誘拐殺人事件において、犯人の小原保のアリバイを崩して自供に至らせた粘り強い取り調べがある。またこの小原が死刑を執行される直前に、「私は今度生まれるときは真人間になって生まれてきます。どうか、平塚さんに伝えてください」と言い残した事も有名である。

平塚は三億円事件捜査主任を最後に退職した。三億円事件公訴時効が成立する9か月前の退職であった。

巡査から巡査部長警部補警部警視とすべて無試験で昇任している。平塚はまた、退職までに警視総監賞を94回受賞したのをはじめとして、帝銀事件警察功労章を、吉展ちゃん誘拐殺人事件で警察功績章をそれぞれ受章している。なお、警察在職中に両章を受章しているのは平塚だけであるという言説が度々なされるが、これは誤りで、それ以前にも両章の受章者[誰?]は存在している。[要出典]数々の難事件を解決するという顕著な功績を残した優秀な刑事であったと評される一方で、帝銀事件のように容疑者に拷問を加え自供をさせていたという指摘もなされている。[要出典][1]当時、警察全体の鑑識の重要性が低かったこともあるが、平塚自身も自分達「捜査一課」こそが事件を解決するという意識の強さが逆に捜査を阻害する形になり、手掛かりを求めて現場を荒らしたことに抗議する鑑識課員に罵声を浴びせたりした。

 平塚八兵衛のドラマから人生の「生き方」を考える〉

 渡辺謙に人間ドラマをやらせたら右に出る物はいないだろう。それを承知の上で、仕事・生き方を考えてみる。「ある事件で誤認逮捕され、土浦警察署での取調中に殴る蹴るの暴行を加えられた。平塚はこの暴行の経験に発憤し、警察官になろうと決意して上京、警視庁に入庁する」。この、警察官になろうとする動機も、「なにくそ」感。無試験で警視まで出世するという、いわばジャパンドリームの物語的な結果も昭和という時代がもつエネルギーだったかもしれない。敗戦・高度成長期(国民の貧しい時期でもある)など、庶民の「ないくそ感」で国や時代が動かされていた。

 平塚の残した名言

  • 「刑事という仕事はゼニカネじゃねえ」
  • 「刑事がホシ(犯人)ではなく、肩のホシ(階級章)を追うようになったらおしまいだ」
  • 「俺たちにはよ、100点か0点かしかねえんだよ。80点とか90点とか、そういう中途半端な点数は、俺たち刑事にはねえんだよ」

などにも、仕事=人生という、現在とは違う価値観が読み取れるだろう。仕事への誇り・情熱=人生への情熱といおうか。

 小原が死刑を執行される直前に、「私は今度生まれるときは真人間になって生まれてきます。どうか、平塚さんに伝えてください」と言い残した有名な言葉や、退職後、平塚が吉展ちゃん誘拐殺人事件の犯人である小原保の墓参りに行った際、小原が先祖代々の墓に入れてもらえず、横に小さな盛り土がされただけの所に葬られていた事に愕然とし、盛り土に触れた後に泣き崩れたという。この時、平塚は自分が真実を暴かなければ、大好きな母親と同じ墓に入れただろうに・・・と思ったのだろうか。

 仕事=情で生きた彼の人間性がうかがえる。ドラマで彼を敬愛する後輩が3億円事件の帳場で言う。「先輩。時代も人間も変わったのです」。何とも含蓄のある言葉だ。が果たしてそうか。確かに、平塚の様に今の社会を生きようとすれば、まず壊れる。現実と理想の問題というべきか。だが、その当時でも、多くは平塚の生き方と対極にいる人達が大多数であったはず。・・・人間はそう変わらない。いや、変わっているのか。

 熱で仕事をすれば(行動を起こせば)、大きな成果(結果・充足感)もあげられるかもしれないが、大きな失敗を起こす確率があがる、そういう人も多い。それはある意味真実だろう。だが、今の社会に足りないのは、多分に「平塚八兵衛」の熱さではないのか、とも思う。現在の警察のありかた、政治のありかた、教育を担う教師のあり方など多くの人の感じ方に。中庸は大事だ。過ぎると角が立つ。でも、中庸は、自分の生き方に熱を自分が感じられない。なぜ生きてきたのか、その答えに、満足に答えることが難しい。数々の功績がありながら3億円事件や帝銀事件などの未解決事件を持って、彼の生き方を否定することはできまい。「組織・時代・人間」それらが、個の才能・情熱を抑え込んだり、無意識のうちに違う道に誘(いざな)い、それが焦りを生み、間違いを引き起こすこともあるだろう。それでも、彼は自分の生を全うしたと思う。心のすべてをも、与えられた生を全うしただろう。羨ましい気持ちになる。

 一人の親として、自分の子供には、平塚の熱を持って生きて欲しいと思うし、それでも、難しい人間関係の中で壊れることなく「中庸」を生きて欲しいとも思う。矛盾しているなあ。それが人間なのかもしれないが。

 香港のデモに参加する若者の熱。自分の生活は自分で守る、という熱。素晴らしいと思う。何でも「身動き取れなくなってから」では遅いのだから。この「熱」は、今の日本人に足りないものだとも思う。けれど、その騒乱は何かを生むのだろうか、という疑念もある。その時点で、自分は平塚という「時代の人」と対極にいるんだなあ。人の生き方はそれぞれだ。生き方は死に方だともいう。自分の生き方を振り返るとき、精一杯失敗や無様だったと思う事があっても、生ききったと思う人生を送りたい。

 

「あおり運転殴打」容疑者はマンション事業を手掛ける43歳会社経営者

~結局は、お金持ちのぼんぼんという結末か?困った先は親のすねだろうか。

8月10日の午前6時過ぎ、茨城県守谷市常磐自動車道で発生した、あおり運転暴行事件。茨城県警が傷害容疑で逮捕状を取り全国に指名手配し捜査中だが、「週刊文春デジタル」の取材により、容疑者は大阪府などで不動産事業を手掛ける会社経営者・宮崎文夫(43)であることがわかった。

「宮崎は親族が所有するマンションを受け継いで、不動産の管理や賃貸業を始めたようだ。不動産コンサルティングも手掛けているという。ビジネスマン向けのWEBマガジンでは背広を着て、顔出しでインタビューに応じたりもしている。

 羽振りはよかったようで、インスタグラムにアップされているのは、フェラーリの写真から、寿司、天ぷら、ステーキなどの食べ物の写真まで。贅沢な暮らしぶりが窺える」(捜査関係者)

 被害男性は24歳。見知らぬ白い高級外国車から”あおり運転”を受けて走行を阻まれ、やむなく停車したところ、車から降りてきた宮崎容疑者に「殺すぞ」などと脅され、車の窓越しに顔を数発殴打された。被害男性は鼻から流血するほどの怪我を負ったが、事件の一部始終はドライブレコーダーの映像に収められていた。

 宮崎容疑者が乗っていた白いSUVは、横浜市内のディーラーから代車として貸し出されていた車であることがわかっている。SUVは別の人物により事件翌日に返却済みだが、容疑者の行方は不明だ。捜査の進展が待たれる。

週刊文春」編集部/週刊文春

 

 やくざかちんぴらか?怖いなあ~と思っていた。特にあの謎の女性。ガラケーで暴行の一部始終を一心不乱に撮影。何のため?あとで恐喝でも・・・と考えたり。

 結局、親から受け継いだ不動産を扱う、ぼんぼんという事が判明。お金持ち故、きっと子供の頃からわがままで、何でもできると勘違いしていた子供時代を過ごしたのだろう、と書いたら言い過ぎか。

 お金持ち。。。の息子のようだが・・・別の調査によると、やはりというか。

会社勤めを1年ほどで辞めたあと、税理士事務所の事務を勤め、それも1年ほどでやめ、塾の英語講師などを経て、3年半ほど無職?その後、中古車売買などを行う株式会社を立ち上げている。それも1年ほどでたたみ?不動産や塾経営など手を広げ、それも1年ほどで辞め、4年ほど無職。そして今の不動産経営にいたっている。

 という経歴からもわかるが、我慢強くなく、あきっぽく、仕事も長続きしない、世の中を直視しないで生きてこれた人なんだ、とわかる。お金持ちのぼんぼんにありがちな、お金持ちの不良息子。

 きっと、今の会社も、うまくいかなくなってきたのだろう。その腹いせが、今回の事件なのかもしれない。指名手配になったので、3度目の収監も近いだろう。懲りない人種。ちなみに、側にいた謎の女性にも逮捕状が出た?という情報もあるが、どうなんだろう?ぼんぼんが、事態が大きくなって困って行く先は、親の側と相場は決まっているが・・・。

 それにしても、警察の劣化は目を覆うばかり。今回の事件も、マスコミの報道に火がついたから行動しただけなのは明らか。小さなスピード違反で小遣いかせぎをするよりも、他にやることがあるだろう、と思ってしまう。

 今回も、結局、暴行行為の逮捕であって、危険運転でのものではない。昔からある煽り運転危険運転がなぜ、ここまで多くなっていると感じるのか。報道が多いせいか。それとも本当に増えているのか。本当に増えているとしたらなぜか。報道で多くめにするが、「自己責任」で防ごうと、ドライブレコーダを買わせようと空気を作ったりしている「警察」側の「やる気」のなさに、「なんてことないんだ」、と感じて行動する輩を増やしているからかもしれない。そこをなんとかしてほしいと思う。癒着のための行動ではなく、安心できる社会生活のために、その権力を生かして欲しいものだ。

 

 

夏の甲子園。北照予想取り惨敗!地域に応援されるような野球をいつか。

~北海道の暗黒時代再びか。「戦えない・勝負できない」。

 

 一応は応援した。桃枝君のタイムリーには、「よし!」と声が出た。結果、3対4。惜しかったのか、そうでなかったのか。ただ、今回の北照の野球を見て、北海道の野球のレベルの低下と暗黒時代再び、という思いを持った。もちろん、精一杯戦ったナインにけちをつけるつもりはない。が、という所である。

 南北海道大会決勝を見に行った。円山は超満員で、私達はたまたま空きのあった北照側応援席で観戦することになった。相手の札幌国際情報高校と比べるつもりはなかったが、あまりの「熱」の違いに驚いた。翌日の新聞にも「球場全体が国際情報びいきのような雰囲気の中」というコメントがあったほど。

 何が違ったか?それは一体感だ。応援席で声をだし、拍手をし、応援する人はまばら。札幌・小樽間,約1時間強の距離で、当然、全校応援なのに、ブラスバンドの演奏から伝わる「覇気のなさ」(に感じる差)。見ている分に感じられる 国際情報のナインとの一体感・切迫感の差。そう「なにくそ」感のなさ。

 「桃枝のスピードは、ねえ」とか、「甲子園で勝てるのかねえ」。これは、応援席の声である。もちろん「父母」は真剣である。

 果たして、彼らは、本当に「一体」となって、あの場に臨んでいたのだろうか。甲子園を決めたあの時の桃枝君の「コメント」。

「また、俺が投げて打ってみんなを引っ張るから・・・」てへ感まるだし。聞いてるベンチもてへ感全開で。監督も、このチームは「桃枝のチーム」と公言する。これを聞いて、「駄目だなこれは。」と思った。

 そんなさなか、古本の店で、「田中将大ヒーローのすべて」という本を購入し、読んでいた。あれだけ年数が経ったのに、まだ、ありありとあの時の興奮・感動・感涙を思い出し、目が離せなくなった。あの時の「駒苫」との違いはなんだろう?「ナイン・監督」との一体感ではないか。逃げながら、かわしながら作られる「見せかけ」の一体感ではなく。

 また、試合に臨む「闘う姿勢」。今回の桃枝君はじめ最近の北海道のチームは、インコースをほとんど投げない。かわす投球ばかり。同じ変化球でも、攻めてかわすのではなく恐れてかわす。いつかは捕まるわけだ。

 守備を見ていても、「守っている」守備なのだ。あのときの「駒苫」の「さあ、こい」という「守備を楽しむ」守備ではなく。

 野手も、打撃が課題といながら、予選も・決勝も甲子園でも、ただ、打ち上げる。「つなぐ意識」が感じられる場がほとんどなかった。そういう練習をしていないんだなあ、と感じた。

 40代監督の「遠慮」しながらまとめた「限界」も見たような気がした。そんな北照に勝てない他校。「北海」「東海大付属札幌」「駒苫」。同じ課題を抱えた、同じレベルなのだ。いつのまにか、である。

 「桃枝」のチーム。ワンマンチームは勝てない。レベルも上がらない。「桃枝のチーム」と聞くごとに、他のナインは何を思うのか。まあ、思い入れのある生徒への「思い」を伝えたくなる「大人」の気持ちは分からないではない。しかし、それは、情となり、勝負では、大概、負けに直結する。

 「桃枝」はよく投げた。ただ、攻められなかった。チームで一体となって「戦え」ていなかった。北海道の野球のレベルは、いつのまにか、あの「暗黒時代」、他の都府県のチームに「当たりたい」と思わせるレベルに戻っているようである。あの振り逃げを成功させてしまったプレー。傷口を広げたショート後方のヒット。

 甲子園で見た北照ブラスバンドや生徒の応援。あの時の円山と違い、なかなかのものだった。円山の時はえへらえへらしながら、遊びながら応援していた1年生が、だ。なぜ、北海道でできないことを、今、できたのか。「やらなかった」のである。甲子園では、「自分のために」応援したからできたのである。この辺なのだ。それは、今の北照の学校の雰囲気なのかも知れない。この学校の変わらぬ課題である。監督なのか、選手なのか。香田監督のような人材が出てきた欲しいし、今度こそ、その人達の熱い思いを「守って」あげたい。自分たちが感動し・元気をもらえるように。

 地域に・ベンチ外のメンバーに、心から応援されるチーム。そんなチームの出現を待ちたいと思う。

 

 

小樽塩谷丸山登山。たかが700メートルのはずが・・・・。

猛暑(AM10:00時点31度)のせいか、年齢のせいか?今年初の登山。

 今年初の登山。今年こそは北海道の代表山たる「羊蹄山」を、と思いつつ、年々高度の低い山を、しかも回数も減りつつあるなか、妻と小樽の塩谷丸山を登ることにした。最初は、軽く、でも頂上が涼しい山という妻からの何度の高い要望を踏まえての決断である。 

「北海道の山」に掲載されている、登山データは以下のような感じ。

  • 技術度:★☆☆☆
  • 体力度:★☆☆☆
  • 参考コースタイム:2時間10分
  • コースの距離:6.0km

 さて、午前8時30頃自宅を出発。高速を使い、途中、新たにできた後志自動車道を使い、9:40頃現地近くの「無人駅」につく。登山道には、簡易トイレがあるが、どんな案配だかわからないという情報だったので、無人駅とは知らず、JR北海道塩谷駅に向かったのである。

 

f:id:hunen:20190804194806j:plain ご多分にもれず、1時間に1本しか列車はなく、人っ子一人いない。無人駅。JR好きの娘は喜びそう。さて、肝心のトイレだが・・・。  

f:id:hunen:20190804195600j:plain水洗トイレのわけはなく、いわゆる「ぼっとんトイレ」。貯めるんです、すべてを。そしてバキュームカーで吸い取る式。紙も何もありません。一応、水で洗ったりしているようでした。

 さて、この駅を越え、すぐの踏切を左折します。 

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そのまま、道なりに、脇にある案内板を見落とさず、二叉路を左に。間違って右に行くと迷路の気分になり、迷うかも。順調にいくと高速道路の下あたりに着きます。

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ここからを越えて駐車場とトイレがあります。10台から15台は止められる。さて、車を無事駐車し、こんな看板があるので、それに「従い」10分ほど歩きます。

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    登山届けに記入しようとしてみると、目の前にいけめんの大学生風の青年が。一言二言かわし記入・・・・。自分たちとこの若者しか書いていない?2人?そうして、道ばたの野いちごに感動したりしながら、歩き始めました。

 

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 見事な野いちごに感動しながら、歩いていると、地面にぼつぼつとたくさんの穴が。すわっ、地蜂(黒スズメバチの巣)か?とおののいていると、妻が、「わーすごい!蝉が出てきた穴だわ!」。妻は虫に詳しい。そういえば今年はすごく蝉が鳴いている。この時の気温32度。(・・・失敗したかも?)

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 だらだらと歩き始めました。とにかく暑い。40分ほど歩くと、ガレ場(岩場)が出現。

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 こんな感じの中途半端な坂がずーと続くのだ。しかも猛暑。この段階で用意したお茶・水1リットルをほぼ飲み干した。しかも何合目という案内板が何一つない。いつまで続くんだ、この苦行。しかも両脇は高い木ばかりで景色は全く見えない。くじけそうになった時、目の前に出てきたもの・・・

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こんな見晴らしのいい場所が、至る所に出てくるのである。おお~。上を見ると、頂上らしいものも見えてきた。

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そこから、20分くらい心試しの坂を上り、頂上である。360度のパノラマ。そして、頂上だけは、期待通り涼しかった。

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 やっとの思いで到着。PM12:30。ジャスト2時間。誰だ~子連れで1時間30分もあればOKなんて紹介していたのは!でも、景色は、暑さも疲れも吹き飛ばしてくれるような美景だった。

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下山も、なんだかんだで1時間30分かかった。14:10分到着。けれど途中で、せみの脱皮の瞬間を見つけたり 

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私有地のため、あまり知られていない「清水」の地を地域の人(森を管理する人かも)に教えてもらい喉を潤したり、

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なかなかGOODの旅でありました。帰りには、登山道から車で余市に向けて10程走ると国道沿いにある「鶴亀温泉」に入り、旅を締めくくりました。源泉かけ流し、38度から40度の内湯、大きな露天風呂。温泉通の自分としても期待以上。まあ、あえていえば水風呂はもう少し冷たくてもいいかな。

 今回の登山では、山は高度だけでははかれないものだということを、つくづく感じたものでした。それは、この異常な暑さによるものなのか、重ねる年齢によるものなのか。この翌日も32度。もう~北海道ではない殺人的な暑さにへとへと。一緒に登ってくれる妻に感謝!

不可思議なある若い女性の行動?その心理は。

JR北海道内のあるカップルの行動。「その時」の気持ちを聞いてみたい!

 先日、JR北海道で札幌に向かっている時のこと。座席が横2列の長シートの向かい合わせになっている普通列車。妻と2人で夏の楽しみの札幌競馬・大通りビアガーデンに行った帰りのこと。迎えにはうら若き男女のカップル。今ではどこでも見かける光景だが、彼氏はゲームに夢中。横の彼女は、背もたれに崩れるように座り、足を広げ座っている。ふと思っていた。「隣に彼氏がいるのだから、清楚に、とまでは言わないけれど、もっときちんと座り、足も閉じて「きれいに」していればいいのに。」

 そして、ちらっとまたその彼女を見て、「この年で、もう緊張感ないのか?」「まあ、そんな関係だから、安心しているんだなあ」「絶対なんてないんだがなあ」と想いながら。すると、急に、その彼女、姿勢を正し、ちらっとこちらを見たと思ったら、急に横の彼氏の背中に手を回し、抱きついた。そしてこれみよがしに彼氏の肩に「顔を乗せて」甘えていた。まあ、公衆の面前で、なんて言わないが、何なんだろう?

 まあ、面白かったのは、彼女がそんな大胆な行為をしているのに、彼氏はゲームで夢中で知らんふり。自分の若い頃だったら、よからぬ妄想をしていそうなもんだ。まあ、彼氏の心の中はわからないが・・・。女の心は、いつの世も不可思議で。

 ドラえもんがここにいたら、あの時の彼女の心の中を覗いてみたい。何を考えていたのか?・・・その程度じゃ、おじさんの心は、1ミリも騒がないのだが。もし、何か、「勘違い」して挑発していたのだとしたら(多分そうだろう)、間違いなく、おじさんの勝ちだなあ。彼氏とも、いずれ終わりが来るよねえ。そんな「心」だとしたら。姿形は心を表す?そんなことも考えたりして。

川崎市上村遼太君殺害事件 加害者元少年と親に賠償命令

~一人1700万円×3(計5000万円)。

 被害者上村遼太君の自己責任分の減額か?少年法は廃止すべき!

 

 川崎市多摩川河川敷で殺害された上村遼太君の事件の加害者3人とその保護者に計5000万円の賠償命令がでた。少年の命、しかも惨殺された事件の賠償として妥当なのか。これは、非行少年の近くに自ら行った過ちへの自己責任ゆえの減額の匂いがしてならない。相変わらず「命」の通わない判決だと言わざる得ない。

 

 この事件は、2015年2月20日午前2時頃、神奈川県川崎市にある多摩川河川敷で、当時13歳の中学1年生だった上村遼太くんが3人の加害者少年らに惨殺されるというものだった。主犯格のH少年の主導により、上村遼太くんは1時間あまりで業務用カッターで全身を43箇所も切りつけられ、冬の身も凍えるような川の中を泳ぐように命令された。少年らは放置して逃げ出したが、上村遼太くんは川から必死に這い出ると、動かない身体を懸命に引きずって23.5メートル進んだが、生い茂る雑草の上で息絶えてしまった。

 死因は首の後ろから横にかけてカッターで複数回切られた傷による出血性ショック死というものだった。

 判決は、「不良交友の深刻化を認識していたのに、具体的な対策を講じなかった」。

だが、そもそも「具体的対策」を思い悩む家庭だったか?虐待・体罰はもちろん、「親」より「男・女」を選ぶ保護者が、そんな対策をとる価値観があればこんな事件は起きていない。また、具体的対応とは何か?児童相談所への相談?警察への相談?現実には両者は簡単には動いてくれないのは、周知の事実。そういう現実に多少目をつむっても、懲罰的な意味、で保護者への1700万円ぐらいの賠償額は妥当かもしれない。

 しかし、それは、あくまで「判決」という意味で、だ。保護者が「支払い能力がない」と言い張り、支払わない場合、裁判所は、何もできないのだ。差し押さえの前に少し支払い、そのうち「行方知れず」で賠償額が支払われず、という事もある。支払いができない場合、収監して労働させ賃金を払わせる、など強制力を持って、その支払いを「観察」し続ける必要があるだろう。

 また、これは保護者へ「賠償額」として、という意味で、加害者3人の賠償額も含めると、あまりにも少ない、そう感じる。

 また、上村君自身の「非」にしても、どうか。明るい電灯に幾多の虫が吸い寄せられ焼き付くように、ある時期、ある一定数の少年が「不良」に近づいてしまう、そんな事は、現実にある。それは、家庭の問題、心の問題、地域の問題様々だが、それを「非」として「責める」のは酷のように思う。そして、一度、足を踏み入れた「異世界」から、そう簡単に足抜けできないのも、周知の感覚。「環境が人を作る」という言葉もあるくらいだ。だから一般の親は、自分の子供の環境に、必要以上に目を配り、心配し、干渉する。ある種、それは親の務めでもある。それを、上村君の親がしていたか、考えていたか、感じていたか、には、疑問符もつくが、それは殺害された「上村君」だけの非だけではないのは確かだ。そういう意味でも、この賠償額は低すぎないだろうか。

 主犯格のHには「懲役9年以上13年以下の不定期刑」、Hに命令されて犯行に及んだBは「懲役4年以上6年6月以下の不定期刑」、Hに次いで事件を主導したCには「懲役6年以上10年以下の不定期刑」が下されている。

 Hは職業資格を取得したと言われているが、32歳となる2028年頃に出所予定となり、不定期刑のため獄中での態度が更生したと認められれば2024年頃に出所となるかもしれない。彼らのした、執拗に何度も身体や首を刺し殺すといった残虐な行為は、服役して0になっていいのか。彼らには一生かけて償い続ける賠償額と「観察」が必要なのではないか。出所=放免でいいのか。被害者蔑視・加害者保護の少年法は見直し・廃止すべきであろう。この事件を思い出し、強く、そう思う。

 

 

 

 

感動!国際情報高等学校の応援。高校野球決勝戦を観戦して。

小樽北照高校対札幌国際情報高校

~「一体感、応援、願い」では、圧倒的に国際情報高校の勝ち。

 

 初めて、21日(日)に高校野球の決勝戦を見に行った。そこで、驚いた。何に?国際情報高校のブラスバンドのレベル高さ、それに乗る生徒達の一体感。7つほどある応援の仕様をいつ練習したのか。一糸乱れぬ心に響き渡る応援を。

 それにもまして、その応援にある「心」。文字では表せないのが悔しいが、ブラスバンドの演奏・応援が終わると、つかの間の「フリータイム」様がある。それぞれが、限界値の声を張り上げ、何か叫ぶ。「お前なら~」なのか「いけ~」「抜け~」なのか、聞き取れないほどの「悲痛」な感じすらする「叫び」に、まず、おじさんの心は震えた。涙が滲んだ。その叫びも、ブラスバンドの太鼓の一叩きでぴたっと止み、また、違う応援の様をする。「すげえ」。と同時に、こんなに応援される選手は幸せだなあ、と思った。対する北照高校スタンド。「・・・あの応援すげえ」との声がありらこちらに。

 周囲を感動させる「応援」。全国で披露させたかったなあ。あの応援が、メッタに決まらない9回の代打策成功に導き、連打で同点にさせたと思う。力では圧倒的不利の中、全員の「想い」が、彼らの力を引っ張りだした。そう思える応援だった。

 対する北照。いまだに寮で「いじめ」があると噂される。監督も、前監督が首になった煽りで「指導」できない。エースでピッチャーの生徒が「甲子園でも俺が打って投げて、おまえらを引っ張るから・・・・」。これを聞いて、やっぱりか、と思ったのだ。

 彼らに罪はないのかもしれない。だが、そういう「空気」が、円山を国際びいきにしたのかもしれない。北海道の人達の多くは、北照高校を、心から応援する空気には、ならないかもしれない。その空気を打破するのは、やはり「結果」なのかもしれない。

 全員で、そう、心から「全員」で、という「空気」「想い」で闘って欲しいものだ。