「1杯やりてぇなぁ」 父と最後の晩餐、笑って泣いた夜

理想の子育てとは・・?最後まで語り合い・笑いあい。

 ~さよならだけが人生だ!どんなさよならを?

 久しぶりに、20代で亡くなった親友「中山実男」君の夢を見た。心の中で、薄れず、消えずにいる、たった二人のうちの一人の人である。たくさんの思い出を、共に作り、共に紡いでくれた。・・・と、年を重ねるごとに感じ、感謝する男。

 自分より才気あふれる彼の適わなかった人生を、子育てをさせてもらっている。不器用な自分は、いつも寄り道・回り道しながら、適切でない言葉をかけ、勝手な夢を見て、・・・子供は、けなげに進んでいる。そのとき、思うのだ。理想の子育てとは、どうすべきなのか。理想の親子とは・・・?。

 

もうすぐ父が死んでしまうので:5(マンスリーコラム)

 「お父さんも若いころは、やっぱ『飲む・打つ・買う』みたいな感じだったすか?」

 私の大学時代、お金がなくて実家へよく夕飯を食べに来た男友だち(48)が、病床の父に質問した。2人の再会は二十数年ぶり。場を盛り上げるためなら、家族が眉をひそめるような話もあえて切り出すのが、この人のやり方だ。ベッドに半身を起こした父は、調子を合わせるように照れ笑いで答えた。 「いやぁ、それほどでも(笑)。ただ私も独身時代、確かに女性からよく求婚されましてね。3人ぐらいはいたかな。でも(笑)。」

 は?

 思わず父を見た。大学卒業後に就職した東京都内の信用金庫で母(83)と職場結婚した父は、いくつかの店舗で支店長を経験し、定年まで勤め上げた。部下の面倒見が良かったとは聞いたが、女性にモテたなんて話は初めて。「いくらなんでも作り話でしょ」と私が突っ込むと、「なんで今更、娘のお前にうそをつく必要があるんだ?」。父が真顔で反論した。

 それもそうだけど――。腑(ふ)に落ちない娘を置き去りに、男たちの雑談のテーマは競馬、マージャン、プロ野球と際限なく広がった。夜の個室にはワッハッハッと大きな笑い声が何度も響いて、私は遠い昔、皆でナイター中継を見ながらビール片手に囲んだにぎやかな食卓を思い出していた。

緩和ケア病棟の個室

 昨春に末期がんと診断され、介護のキーパーソンとなった私の自宅から徒歩数分の総合病院に移ってきた父は、亡くなるまでの約1カ月間、緩和ケア病棟で過ごした。

 最初は内科病棟の大部屋。次の緩和ケア病棟には「個室の空きが出たタイミング」で移ることになった。個室差額ベッド代は1泊約2万円。私たち家族には大きな負担だったが、他に選択肢はなかった。股関節を手術したばかりの母が1人で暮らす一軒家に、足元のおぼつかない末期がん患者の父を戻せるはずもなかった。

 父は個室に移ることを心から喜んだ。実は大部屋にいたある時期から「俺の調子が悪いのは、寝ている隙に○○の陰謀でベッドに細工をされているせい」と眉間(みけん)にしわを寄せて訴えるようになっていた。長引く入院生活や病気の進行に加え、認知症も影響していたのかもしれない。それが個室に引っ越すと一転し、「いつでもテレビが見られて、本当にうれしいよ」と穏やかになった。

 ただ、医療の中身までガラリと変わったのには驚いた。糖尿病だった父はそれまで毎食前に血糖値を調べられ、インスリン注射を打たれていた。私は「いまのうちに好きなものを」と父が好きなケーキなどをコソコソと差し入れていた。だが緩和ケア病棟に移ると検査はほとんどなくなり、「食事制限なし」と言われた。

 でも、父はもう何も食べたがらなかった。悲しかった。

朝日新聞 高橋美佐子 2018年5月24日10時28分)

 本当の優しさとは、なかなか人間関係のなかでうまく成立できないが、「「お父さんも若いころは、やっぱ『飲む・打つ・買う』みたいな感じだったすか?」。場を盛り上げるためなら、家族が眉をひそめるような話もあえて切り出す、そんなやり方。」

 そんな覚悟ある優しさ。なかなか、実を結ばないし、良い方向に回らない。で、疲れてやめちゃう。そう、あの無頼派作家「太宰治」のように。

 ここで、「はっ?」。と返せる、「はっ?」に、娘さんの「優しさ・愛情」を感じてしまうのは、今、自分が「疲れている」からなのかもしれない。

 げすな話。娘さんと、この「男友達」は、縁が結ばれたのだろうか?男と女の間に「純粋な」友達関係が成立するか、否か。はまあおいといて、こんな優しい男と女の間に「縁」があればと思わずにおれない。

 個室しか選びようがない状況。経済的には、相当苦しいだろう。それをみんなで支えた。そこにも、家族の中で、自分らしく「子育てをした」結果が、表れたのだろうか。幸せな「物語」である。

 自分たちの「生」は、諸行無常の中、いつ、その命を終えるのかも知れない。だからこそ、語りたい、傾けたい、子供への愛情。自分の人生=子育て、で、なんら恥じることはない。そう、思う、この頃である。