川崎市上村遼太君殺害事件 加害者元少年と親に賠償命令

~一人1700万円×3(計5000万円)。

 被害者上村遼太君の自己責任分の減額か?少年法は廃止すべき!

 

 川崎市多摩川河川敷で殺害された上村遼太君の事件の加害者3人とその保護者に計5000万円の賠償命令がでた。少年の命、しかも惨殺された事件の賠償として妥当なのか。これは、非行少年の近くに自ら行った過ちへの自己責任ゆえの減額の匂いがしてならない。相変わらず「命」の通わない判決だと言わざる得ない。

 

 この事件は、2015年2月20日午前2時頃、神奈川県川崎市にある多摩川河川敷で、当時13歳の中学1年生だった上村遼太くんが3人の加害者少年らに惨殺されるというものだった。主犯格のH少年の主導により、上村遼太くんは1時間あまりで業務用カッターで全身を43箇所も切りつけられ、冬の身も凍えるような川の中を泳ぐように命令された。少年らは放置して逃げ出したが、上村遼太くんは川から必死に這い出ると、動かない身体を懸命に引きずって23.5メートル進んだが、生い茂る雑草の上で息絶えてしまった。

 死因は首の後ろから横にかけてカッターで複数回切られた傷による出血性ショック死というものだった。

 判決は、「不良交友の深刻化を認識していたのに、具体的な対策を講じなかった」。

だが、そもそも「具体的対策」を思い悩む家庭だったか?虐待・体罰はもちろん、「親」より「男・女」を選ぶ保護者が、そんな対策をとる価値観があればこんな事件は起きていない。また、具体的対応とは何か?児童相談所への相談?警察への相談?現実には両者は簡単には動いてくれないのは、周知の事実。そういう現実に多少目をつむっても、懲罰的な意味、で保護者への1700万円ぐらいの賠償額は妥当かもしれない。

 しかし、それは、あくまで「判決」という意味で、だ。保護者が「支払い能力がない」と言い張り、支払わない場合、裁判所は、何もできないのだ。差し押さえの前に少し支払い、そのうち「行方知れず」で賠償額が支払われず、という事もある。支払いができない場合、収監して労働させ賃金を払わせる、など強制力を持って、その支払いを「観察」し続ける必要があるだろう。

 また、これは保護者へ「賠償額」として、という意味で、加害者3人の賠償額も含めると、あまりにも少ない、そう感じる。

 また、上村君自身の「非」にしても、どうか。明るい電灯に幾多の虫が吸い寄せられ焼き付くように、ある時期、ある一定数の少年が「不良」に近づいてしまう、そんな事は、現実にある。それは、家庭の問題、心の問題、地域の問題様々だが、それを「非」として「責める」のは酷のように思う。そして、一度、足を踏み入れた「異世界」から、そう簡単に足抜けできないのも、周知の感覚。「環境が人を作る」という言葉もあるくらいだ。だから一般の親は、自分の子供の環境に、必要以上に目を配り、心配し、干渉する。ある種、それは親の務めでもある。それを、上村君の親がしていたか、考えていたか、感じていたか、には、疑問符もつくが、それは殺害された「上村君」だけの非だけではないのは確かだ。そういう意味でも、この賠償額は低すぎないだろうか。

 主犯格のHには「懲役9年以上13年以下の不定期刑」、Hに命令されて犯行に及んだBは「懲役4年以上6年6月以下の不定期刑」、Hに次いで事件を主導したCには「懲役6年以上10年以下の不定期刑」が下されている。

 Hは職業資格を取得したと言われているが、32歳となる2028年頃に出所予定となり、不定期刑のため獄中での態度が更生したと認められれば2024年頃に出所となるかもしれない。彼らのした、執拗に何度も身体や首を刺し殺すといった残虐な行為は、服役して0になっていいのか。彼らには一生かけて償い続ける賠償額と「観察」が必要なのではないか。出所=放免でいいのか。被害者蔑視・加害者保護の少年法は見直し・廃止すべきであろう。この事件を思い出し、強く、そう思う。