香港学生、籠城続ける→結果はもう出ている。宿命であるなら。

歴史は繰り返す。・・・天安門事件より悲惨な結末が待つのか? 

 【香港時事】反政府抗議活動が続く香港では、15日も各地の大学で学生が籠城を継続し、警官隊との間の緊張はやんでいない。香港各地で車道にブロックを積んだり、鉄道線路に火炎瓶を投げ込んだりするなど交通妨害も引き続き行われ、域内企業は在宅勤務に切り替えるなどの対応を余儀なくされている。

 抗議活動の拠点となっている香港中文大では、立てこもりを続ける学生が香港政府に対し、デモ隊の掲げている「五大要求」のうち、「全逮捕者の釈放」と警察の実力行使の是非を調査する「独立調査委員会の設置」について、24時間以内に回答するよう要求。同時に24日の区議会(地方議会)選を予定通り実施することも求めた。 

                              【時事通信社

 いつ、決断するか。そう、中国共産党の、香港デモ隊(市民・大学生)への武力鎮圧・厳粛である。日本の学生運動とその様相が瓜二つに思えるからだ。日本の学生運動は、時は昭和前半、ベトナム戦争や1970 年に迫っていた日米安保条約改定にたいする反対運動で、大学校内を占拠・籠城して、時の政権に抵抗したものだったと言われる。だが、運動の当初は、そんな大それた要求ではなく、学生の権利拡大や学費値上げ反対、大学施設の管理権といった大学内の問題だった。しかし、いつのまにか、産学協同や国家による大学の管理強化といった高等教育政策、さらにはベトナム戦争における日本の対米協力まで批判しながら、学生たちは大学執行部と対峙するようになったのである。香港のデモも、そのきっかけは、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対するものだ。背景にある、中国共産党の思想教育・自由剥奪への恐怖というもので、昭和の日本の学生運動の自分たちの自由を守る、という、ある意味純粋な青年の「青き思い」によるものだった。それが、いつのまにか、日本の学生運動では、ベトナム戦争における日本の対米協力への批判へと変質し、香港のデモでは

「全逮捕者の釈放」と警察の実力行使の是非を調査する「独立調査委員会の設置」へと変質するなど、その変容が酷似している。「身の丈の思い」が胡散してしまうのだ。いつの間にか。それは、なぜか。

 集団の心理・人間の心理の宿命なのである。時間がたつ中、なぜ抵抗しているのだったか、何が目的だったか、とうの市民達が分からなくなり、運動を続けること、抵抗することを目的に活動し始めているからだ。「義」。自分たちを支えてきたはずの「義」が見えなくなる。それが、人間組織の宿命なのである。組織はいつか瓦解する。内部で分解するのである。

 昭和の日本では、今では考えられないが、結局、軍隊(自衛隊)と警察が、立てこもる学生達を、大勢で学生達を囲み警棒で殴り蹴り、時には発砲し、武力で鎮圧したのである。そして、香港でも、最終的には、中国共産党の軍事力・警察力を背景にした鎮圧・厳粛で終わるだろう。

 そうなる前に、実は、活動している組織自体の中で温度差が表れて、中から瓦解が始まっているものなのだ。日本の浅間山荘事件のように。香港で起こった大規模民主化デモ「雨傘運動」。このデモのリーダーは“民主の女神"と呼ばれる、当時10代の女子大生だったが、TVで見た、その姿に、デモ活動で必死に抵抗している市民達と、瞳の熱さに違いを感じたのは私だけだろうか。もう、瓦解が始まっているのかもしれない。その頂点の時に、国家は武力での鎮圧を決断するのが、歴史なのである。

 ただ、その中には、もうすでに命を賭して闘う、(もうすでに何の為に戦っているのかわからなくなっているのかもしれないが)そんな青年・学生達がいるであろうことが痛ましくてならない。識者は、「香港政府への怒りや、共産党政権への不安は理解できる。しかし、それが、よりよい社会を作るための政策に結びついていない」としたり顔で言うが、そんな大儀を学生達だけに委ねなければならなくなっている香港社会の闇が問題なのだろう。・・・それは、我々の日本社会や市民に問われている大儀と同じ命題なのだろう。歴史は繰り返す、という。香港のデモ隊や学生達を救う術は、とするとあるのか、という問いに突き当たる。天安門事件よりも大きな活動なだけに、より悲惨な結末を想像してしまうだけに、この問題は、胸が重くなる。