加害男性から手紙届かず。神戸連続殺傷事件。

 

~永遠に訪れない「許し」。時間が「あきらめ」に?

 

神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、亡くなった土師(はせ)淳君=当時(11)=と山下彩花ちゃん=当時(10)=の遺族に宛て、当時14歳だった加害男性(35)から命日の前に継続して送られてきていた手紙が、今年は届いていないことが弁護士らへの取材で分かった。淳君の命日は5月24日。父守さん(62)は「(男性にとって)手紙を書く行為が向き合うことになる。反省していないのではないか」と語る。 手紙は、加害男性が医療少年院を仮退院中の2004年8月に初めて届いた。その後は命日が近づくと、男性の両親の代理人弁護士を通じ、遺族に渡されてきた。しかし男性は15年6月、遺族の承諾を得ずに事件の様子などをつづった手記を出版。16、17年も弁護士に手紙が託されたが、両遺族は受け取りを拒否した。

 弁護士によると、両遺族への手紙は近年、彩花ちゃんの命日(3月23日)前の2~3月に届いていた。昨春以降は男性と連絡が途絶えており、「今年は届かない可能性が高い」とする。

 淳君の父守さんは「私たちが手紙を受け取るかどうかと、(男性が)手紙を書くことは別の話。未来永劫(えいごう)、受け取らないつもりはない」とした上で、「なぜ子どもを殺したのか。その『なぜ』を知るために、決して楽な作業ではないが、手紙を読んできた」とする。

 彩花ちゃんの父賢治さん(69)は「彼が手記を出版した時から一切関わりたくないと思ってきた。罪の意識を持って歩んでいるとは思えず、過去の手紙も、本心か分からない。もし手紙が送られてきても読む気はない」と話す。

時計2018/5/3 06:00神戸新聞NEXT

 

 加害者、酒鬼薔薇 聖斗なる人は、もう35歳になるのか。時間の流れを感じる。被害者家族が苦しいのは、被害者家族にだけ、その時間は進むことがない、ということか。

 残虐な行為の中で、愛息子・娘を殺された、その映像は、ずっと消えないんだろう。だからこそ、加害者に「反省し・すべて話す」よう求めるし、手紙も受け取れないのだろう。だが、加害者自身に、どこまでが「すべて」なのか、わからないのだろうし、「反省」の仕方・方法も、たぶん見つけられないまま、月日が過ぎている。そして、生活の中に風化しているのだろう。時間とはそういうものなのかもしれない。

 「手記」は、反省の為ではなく、「生活」のため、生きていかなければならない「社会」とはいかなるところか、確認するために出されたものだろうから、被害者家族の心に届かないのも、仕方がない。

 酒鬼薔薇 聖斗なる人のホームページもほぼ閉鎖状態で、彼が今、社会の中で何を考え、何を煩悶しているのか、わからない。35歳になる前科者にとり、社会は当たり前だが優しくない。しかも、前代未聞といっていい程のショッキングな事件を起こした、彼を見る、世の中の「好奇な」「冷たい」目は、彼が「老人」と呼ばれるついてまわるだろう。一昔まえならいざ知らず、ネットの中にも永遠に残る事件の足跡。それが、彼への「永遠の罰」なのかもしれない。それは、時間を止めることなく、彼についてまわる。また、この事件は医療少年院の存在意義や教育の有効性も問われた事件でもあった。その総括は何も行われず、風化していった。

 被害者遺族の心が救われる事は、これからもないのか。2人の被害者の冥福を、改めて祈りたい。